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私が車を運転したくない嫌な理由としない事で手に入れたこと。

こんにちは!コーヘイです。

この記事では、ぼくが車を絶対に運転したくない理由についてまとめてみました。

端的にいうと、

  1. 元々いらなかった。
  2. 運転していると眠くなる。
  3. 維持費などのコストで浪費になる。
  4. 運転が合わず、交通事故を2回ほど経験。

この4つが主な理由になります。

ちなみに、運転免許証が身分証明証にならなければ間違いなく取得していません。

2021年現在であれば、マイナンバーカードも同等以上の効果を持つので、仮に私が現在学生だったとしたら、免許証に見向きもしていなかったでしょう。

余談はこれぐらいにして、それでは車の運転が嫌な理由について1つずつ見ていきましょう。

車の運転が嫌な理由その①:元々いらなかった。

大前提として、私が「車を運転したい!」と思ったことはありません。

なぜ運転免許を取得して、車を所持していたか。それは、完全に両親や祖父母からの好意でした。

「働くようになったら車が必要になるだろう」そんな風に祖父母は思っていました。

よって、ぼくが考える間もなく、いつの間にか車が目の前にありました。

正直なところ車は運転したくなく、どちからかというといらない部類でした。

せっかく、買ってもらったものをいらないと突っぱねることはできないので、

仕方なしに車を運転するようになりました。

車の運転が嫌な理由その②:運転をするとどうしても眠くなる。

車を運転すると眠くなってしまいます。特に激しい運動や仕事帰り、ご飯を食べた後に起こりやすく眠くて仕方ありませんでした。

通勤時に車を運転していた際は、コンビニに寄ったついでに駐車場で仮眠をよく取っていたものです。

対策として、車中にボトルガム置いて、ガムを噛みながら運転もしてみましたが、それほど効果はあまりませんでした。

そんなもんだから、運転中にヒヤッとする事が多々起きたのも事実です。

車の運転が嫌な理由その③:もはや浪費だった車関連の維持費。

車を所有していると切手も切り離せないのがガソリン代や自動車税、保険料などの車関連維持費。

正直、割りに合わなくて不満しかありませんでした。

理由として、通勤で家と職場の往復ぐらいしか車を使う機会がなくてそれ以外は車を使う機会が全くなかったからです。

極めつけに運転がものすごく下手くそで上手くなりませんでした。

大小合わせて数えきれないぐらい縁石にガリガリ。

バック時に壁にテールランプをぶつけて破壊。

などなど擦ったり、割れたり、凹んだりが重なって給料が修理代として吹っ飛んでいました。

車の運転が嫌な理由その④:車による事故を2回経験によるトラウマ。

①〜③嫌な理由を述べてきましたが、嫌な理由④は根本的なことで事故を起こしてしまったからです。

それは、2011年の1月11日のことでした。

障害物も何もない、直線の道路で赤信号で止まろうとした際に、一瞬意識を失って、それから我に返った直後、眼前に車で急ブレーキをかけました。しかし、間に合わずに止まってた前の車に追突してしまったのです。

原因は、仕事で全くうまくいかずストレスフルで睡眠不足の状態で運転したぼくにありました。

追突してしまった方は腰の痛み等のムチ打ち状態で、車もリア部分は破損しましたが、幸いにもに命に別状はありませんでした。

誠心誠意を伝えるため、数回お宅に伺い謝罪をさせていただき、また自動車保険にも入っていたので、問題なく事は済みました。

しかし、相棒として乗っていたワゴンRは大破。その後運転する気力は全くおこらずに廃車になりました。

事故によって車を運転する恐怖が残り続け、この日を最後にぼくは車のハンドルを一度も握っていません。

車が無くなってよかった!後悔はしていない!!

事故からペーパードライバーになって、そろそろ10年近くになりますが後悔はしていません。

運転できない不便さよりも、車に乗らないことの方が十分にメリットになっています。

勿論運転する事への恐れでもあり、車を手放した事による開放感でもありました。

車が身の回りからなくなって本当に良かった!

なくなった事で今まで無駄にかけてきた税金や保険代が、また別の事に使えるようになったのです。

車がなくなり、電車通勤になりましたが、車中で眠ってしまっても目的地に連れてってくれます。(乗り過ごしという名の悲劇もありますがw)

九死に一生を得て生きているだけで丸儲け!

実は、不運は続きます。

自動車事故になって、自転車で通勤するようになって一ヶ月後。

なんと今度は、自転車に乗っている際に車と接触事故。

「立て続けになんで自分だけがこんなに痛い目に遭うのだろう」

と自分の人生に恨み節を吐きまくり、自己嫌悪の極みでした。

しかし、ある時フッと思ったのです。

2回も事故に遭いながらこうしてピンピンして生きている!

なんて悪運の強いのだろう!奇跡だ!

ここで生かされたのは、何か訳がある。何かをするために自分は生かされた!

生きているだけで丸儲けだ!

九死に一生を得て生かされて命の尊さを実感しました。

自然と自分と向き合い大切にするようになった。

振り返ってみると、死にかけそうになった経験をしてから自分の中で何かで変化が起こりました。

車で事故が起きる前は、仕事のストレスからタバコを吸いまくり、1日中パチンコ店でスロットを回したりとお金を浪費させてました。

ストレス発散とか言いながら体調もメンタルも悪化させてさらにストレスを溜めていました。

そんな悪循環が、徐々に減りました。

メンタルや体調が本調子になると、やろうと思っていたけど中断していたビジネス書を読み始めたり、ノートに頭の中で感じていたことを全て書き出していく自己対話を始めました。

そして、その中で現在のメンターとも言える人たちに出会うことになるのでした。

☞まとめ

今回は、 私自身の車に関する思いを記事にしてみました。

車は必要不可欠な人にとっては受け入れがたい考えだと思いますが、未だにぼくは車を運転したい気持ちは湧きません。

それよりも、車を通して得た死にかけそうになった体験を通して命の尊さを学びました。

交通事故に遭った事で「車はもういらない」「生きているだけで丸儲け」「自分はなにか成し遂げるために生き存えた」と価値観の転換(パラダイムシフト)する事ができました。

事故には遭遇したくなかったのですが、こうして大切な事に気づくとができたので良しとしたいと思います。

「全ての経験や体験には意味がある」このフレーズを意識しながら、今後の人生も歩んでいきます。

ABOUT ME
コーヘイ
福祉系の施設勤務のかたわらで当ブログ「KOHEYBLOG(コーヘイブログ)」を運営しています。筋トレ、サウナ、読書、アニメ、メモ書き、自己探求が大好きな35歳です。詳しいプロフィールはコチラ!