【書く事は苦行】最古のライフログ絵日記を読み返して思うこと

こんにちは!コーヘイです。

皆さんは、書くことが好きですか、それとも嫌いですか。私は実はとても嫌いです。

小中高の読書感想文や作文は、拒否反応が出たし、大学でのレポートもなくなってしまえばいいとずっと思っていました。それでもイヤイヤやっていたんですけど。

なんでこんな嫌なになったのだろうと、自分で深堀りをしたり、親し人との内輪で傾聴をしてもらうこと数回。

ついに、書くことが大嫌いになった元凶を思い出しました。

それは、保育園年中組から小学2年生にかけて続けてきた「絵日記」。

  • 絵日記の過去話や経験を通して書くことが嫌いになってしまったか。
  • 書くことが嫌いなのになぜブログを始めたかか。

以上の2つの項目について今回は綴っていきたいと思います。

絵日記は書くことを嫌いにせしめたぼくの人生最古のライフログ

山積みのジャポニカ学習帳。これがぼく自身が綴った最古のライフログ「絵日記」です。保育園年中時代~小学2年生までの約3年間の日々を綴られていました。

書くことが嫌いになった元凶に気づいて、そういえば自宅の押入れにあったと思いだし、おもむろに引っ張り出す。

「これは、宝物だからね。だから捨てられないよ。」とは後で聞いた私の母の談。

それに対してぼくは、建前でうんうんと頷きながらも、本音は「ちげーよ!そんなもんじゃねー!悪しきものだよ(怒)」と激昂しそうだったのは言うまでもありません。

なんたって、書くことが嫌いになった元凶であり、ろくでもない代物だからです。

他者(母親)の押し付けから始まる絵日記を書く理由

そもそも、絵日記を書く事になったきっかけは、勉強熱心でスパルタだった母の強いすすめでした。

「感性が豊かで、文を書くことが好きな子になってほしい」そんな願いがあって絵日記を始めたとのことです。

この辺は、親子間での問題もありますが、ぼくは母の要望に拒否することができませんでした。

「やだ!」「やりたくない」と言ったらあとで怒られるのではないだろうかと子どもながらに想像します。

そして、やりたくないのに「うん、やる。」と言ってしまうわけです。

この当たりで、そもそも書くことが自分からやりたいではなく、他者からの押し付けであることもなかなかに悲しい。そんなんだから、全くワクワクしない。

当時のぼくに課せられた絵日記をする目的とルール

そして、この絵日記をする上でのルールが辛くてひどかった。

①:1日のできごとをノート見開き2ページを使って書く(右側には文章で左側に絵)。

②:必ず毎日書く。

③:書いたら母親に見せて添削をしてもらう。

④:指摘を受けた部分を書き直す。

⑤:書き終わるまで寝れない。

以上のようなルールで取り組んでいました。今振り返ってもめまいがするぐらい辛かった。

特に添削が激しくて、誤字脱字から表現方法の違いなどのダメ出しが多くて毎日げんなり。

小学1〜2年生時の絵日記は、苦行でただひたすら辛かった。

まだ保育園に通ってた時は、自由気ままに書いていました。しかし、小学生に上がってからの日記がもう苦行状態でした。

小学生になれば、学校の宿題も始まります。さらに私は学習塾にも通っていたのでその宿題もあります。

そこに、毎日書かないといけない絵日記。

  1. 学校の宿題。
  2. 塾の宿題
  3. 絵日記

1年生のときから3つの課題をこなさないといけない日々。辛い、つらい、ツライ。

その時の感情を発露したくて、大事なことだったから3回も書いてしまいました。

無意識に文のテンプレートを使い始めて起こった悲劇

母に反抗や拒否を示せず、泣きながらいやいやで取り組む日々。その態度や姿勢も体ににじみ出てしまうからまた怒られる悪循環。

そんな繰り返しをしているといつしか書く事に恐怖を抱くようになりました。「これでいいかな~?これ書くとマズイかな?」など自分ではない母親の機嫌や望む文、母があまり困らないような文にしようと考えるようになりました。

常に恐怖と隣り合わせの中で、次第にある行動を取り続けることになります。それが、「文章のテンプレートを用いて書く」ことです。

具体的には、

「今日ぼくは○○くん(さん)と▲▲をしました。」

から必ず日記が始まります。

そして、

「とても楽しい1日でした。」

「とても嬉しい1日でした。」

これです。「とても楽しい1日」か「とても嬉しい1日」で終わる日記が全体の9割もあるのです。

保育園年中組から小学2年の約3年間ですよ。そのいずれの日も楽しかったのだろうか。

この日記を書いた本人が言うのも変ですが、明らかに異常だなと思うわけです。

毎日がハッピーだった!?そうはならんやろっ!!習い事でやっていたサッカーやプールで悔しい思いもしたし、1年生の1学期はいじめにあって悲しかったこともあり、確かに感じていた。

ただ、そうした色々な経験を通して感じたことが文章になっていなくて、テンプレで「楽しかった」と書いてあることにモヤモヤを感じる。

明らかに、無理やり「楽しい1日でした。」と書き連ねていました。

なんでそうしたかは、正直覚えていません。ただ考えられる理由の1つに「母親の顔色を気にしながら、余計な心配をかけたくない」からだと思う。

日記では、9割が「喜怒哀楽」の「喜・楽」。そう書けば普通の反応かよければ褒めてもらえると思った。反面、「怒・哀」は、「何で悲しかったか、何で怒ったのか?」を問われてめんどくさくなりそうという気持ちもあったから。

母親にテンプレを指摘されてからぼくは完全に書くことが嫌いになった。

約9割の「とても楽しい(もしくは嬉しい)1日でした。」のテンプレートラッシュ。

当たり前なんだけど、毎日チェックしている母親もすぐに気づくのです。

母:「こんな、毎日、毎日楽しい1日だった日が続くわけないでしょう!?」

「悲しかったり、悔しかったり、寂しかったりしたことは無いのか!?」

正直、もっとすごい内容で言われた様な気がするけど、テンプレをこっぴどく指摘された(当時のぼくは怒られたと解釈)ことは、大人になっても鮮明に覚えている。

そう言われて、幼い頃のぼくはとてもショックを受ける。母親に言われたことが図星だったからかもしれない。

その後、母親から添削を受けながら日記のなかに喜怒哀楽の感情を少しずつ織り交ぜるようになりました。

いま大人になって振り返ると「もう嫌だ!、やりたくない!」となんで言えなかったのか。「うっせーわ!」となぜ反抗することができなかったのか。

元々乗り気でないところで書くことを始めて、いやいややっていたら怒られて、その件に関して言いたいことも言えず、悲しくて、もやもやして、ムカムカなど負の感情や感覚をすべて飲んだ後、ぼくは完全に書くことが嫌になっていました。

やっと開放された!絵日記の終わりのとき!

小2年生になってからも、書くことの嫌悪感は続き、さらに進級したことで忙しくなりました。

そして、ある日絵日記を書かなくてもいいことになりました。もちろん母親の指示で。

「・・・やっと地獄のような日々が終わった」

私にとって苦行でしかなかった絵日記を今日から書かなくて良いことが分かった瞬間、この世の安らぎ得たような感覚になりました。

あれほど嫌いだったブログを書いている理由。

そして、長い月日を経て、ぼくはWordPressで個人ブログを運営しています。もちろん、すべての記事を私が書いている。

過去の絵日記の話でことごとく嫌な旨伝えたのになぜ書いているのには理由があります。

その理由についてまとめてみました。

その①:誰からの制約もなく自由に書くことができる。

ブログを書いている理由の1つ目は、「誰からも制約を受けることなく自由にかけること」です。

幼少期から現在に至るまで、ぼくが書いた文章は、常に誰かにチェックされてきました。

小、中学校の作文や読書感想文は先生や母親に、

高校生のときは小論文を先生に、

バイトや就活の志望動機はその会社の人事や重役達に、

そして仕事をしていても主に上司に、などなど誰かの許可が降りないとOKがでない状況に正直参っていました。

ブログは、公序良俗に反しなければ原則的にどんな事を書いてもよい。誰からも制約を受けることなく自由気ままにかける場所(それでいてたまに人に見てもらいたい)にとても魅力を感じました。

その②:書くことに対して真摯に向き合いたい。

ブログを書き続ける理由の2つ目は、「書くことに真摯に向き合いたい」からです。

絵日記の一見から、ぼくは書くことに苦手意識と嫌悪感を抱くようになってしまいました。そして書くことに対して、軽薄に不真面目に接する様になっていたのも事実です。

そして、書くことから逃げてきた。自分には、書く力ないとも思いました。本当に自分に書く力がないか自分は書くことが嫌なのかを答え合わせするためにブログを再起動させました。

確かに、書くことは大嫌いです。それでも接し方や触れ方を変えることは可能です。

ブログの執筆を通して自分と向き合うことを継続していきます。

あの時の絵日記をブログで絶対繰り返してなるものか!

そんなわけで、このブログは自分の気のままに更新していきたい。間違っても、過去の絵日記の様な心持ちや環境下でブログを絶対にやりたくない。

我慢し続けた絵日記と自分の意志で始めたブログは、全く違うもの。前者は、イヤイヤ我慢し続けて3年で終わった。後者は、かれこれ2014年1月1日に開設し7年間(2021年現在)いまなお続いている。

前者は他者から与えられたもので、後者は自分でやりたいと思ったもの。

結局、自分が選んだもので好きで楽しいと思ったものしか長く続けられないのだと強引にまとめてみる。

過去に書いた絵日記も今書いているブログも書いている事には変わりないけど、根本は全く違う。今日はそのことについてまとめてみたいと思って記事にした。

☞まとめ

このブログは、他の誰でもない僕自身の自由意志で書き続けられて更新、運営されるものだ。

ブログを通しての書くことに対する自問自答はこれからも続いていく。

だからこそ、もう過去に繰り返した事と同じような事はしない。