ライフログ

ブログに執着して書き続けられた理由

このブログを書き続けている理由についてまとめました。

その出来事は、過去に勤めていた仕事の出来事です。

少し昔話をしますが、お付き合いいただけたら幸いです。

ブログへのこだわりの発端は仕事のアクシデントから

ぼくがブログを書き続けるきっかけになった出来事は、2010年の10月に遡ります。

当時は、介護福祉士としてとある福祉施設に勤めていました。

ちょうど入所して2年目にさしかかるとき、入居している利用者さんを介助中に怪我させてしまいました。

しかも、運悪く立て続けに2回も起こしてしまったのです。

利用者さんに命の別状はなく、何度も利用者さんとそのご家族に謝罪をすることでお許しを得られたのが不幸中の幸いでした。

しかし、上司や施設長からは厳重に注意され、ぼくの頭は思考停止の真っ白状態。

弁明しても完全にぼくの不手際で「取り返しのつかない事をしてしまった」と自分を責め続けました。

正直、クビも覚悟してました(というより一思いにクビにして欲しかった)。

2009年に入社して2年目の中盤、今まで積み上げてきた信頼も実績を棒に振ってしまったのも同然です。

何もかも終わったと思ったら異動が待っていた!

2回の事故の処遇を鑑みて、施設長(会社でいう社長)はぼくにナース室(看護師のいる部署)へ異動命令を出しました。

さらに詳しく言うと、介護福祉士としての業務を一度中断して、看護師の事務仕事や下働き的な立ち位置になったのです。

「利用者に事故を起こした者の対価として、命の大切さについて学んでこい」

施設長にそんな事を言われたのが記憶に残っています。

異動してから1日24時間の2/3である16時間をほぼ施設で過ごした1年半。

そこで待っていたのは厳しい待遇と、長い長い拘束時間でした。

厳しい方達が多くて、自分の不手際な部分を見つけるといろいろ言及してきました。

ぼくの仕事処理能力にも問題もありましたが、何かと説教と怒号が絶えませんでした。

「おれは利用者に対して悪いことをしてきたらこれだけ言われても文句言えないな〜。」

そんな気持ちでいるから、卑屈になり、顔は引きつり、何を言われるか常にビクビクしながら仕事をしてました。

またいろいろ業務を振られたり、頼まれたりするなかで明らかに自分のキャパをオーバーしているのにも関わらず「できます、やります」と無理やり言っていました(というか、自分に拒否権なんてないと思っていました)。

そんな訳で、自分の抱える仕事も多くなり、オーバーワーク&ワーカーホリック状態になります。

気づけば朝始発の通勤電車に乗り、仕事に悩殺されて夜遅くに帰ってくる生活を1年半ぐらい続けていました。

終いには、家に帰るもの面倒になって職場に泊まり、そのまま次の日の仕事に入った日もありました。

「生きている感じがしない、まるでロボットのようだ」

正直、いつまでこの人達と働かなければいけないんだろう。

そんな感じで自分の中の虚無感がすごかった。

休みも仕事感覚で、煙草が入り、パチンコが入りさらに泥沼

一応は休みもありましたが、仕事の不安から現実逃避と鬱憤を晴らそうと酒やタバコ、パチンコにハマり込んでしまった時もありました。

そうしてドンドン悪循環していき消耗に消耗してきました。

嫌なことも鬱憤もすべてブログにぶつけた!

いつ弾けてもおかしくない中、心に安らぎを与えた最高のツールがあったのです。

それが、ブログでした。

当時のブログには、「仕事の愚痴、読み漁っていたビジネス本の参考になった部分のメモを書きまくったり、気になったアニメ動画を貼って紹介したりしていました。

そんな折に、記事に対して知らない誰かがコメントしてくれたりして、感動したのを覚えています。

仕事では、無力だと思えた自分でも、ブログでは「言いたいことを言える。情報を発信したら他の誰かのレスポンスが返ってきた!」

ほんの些細なことでしたが、ぼくにとって、心が満たされる安らぎの場となりました。

そして、小さな無名の個人が発信した事が、ネット内で評価されたり、拡散されたり、受け入れられる事に感激しました。

2012年11月下旬頃:アルマゲドン級のターニングポイントがやってくる!

2012年11月下旬、とうとうブログにのめり込む事になった出来事おきます。それは忘れもしない東武東上線の川越駅構内の本屋さんで書立ち読みしていた時でした。

一冊の新書が目に止まりました。

イケダハヤトさん(年収150万円で僕らは自由に生きていく」です。

まだ著者の事も全く知らないぼくは、「とても先進的な事を言っているな〜面白い!これは買いだ!」とパラパラと斜め読みをして、最後に巻末を見た時の衝撃は未だに忘れられないです。

「イケダハヤト」、「1986年生まれ」、「プロブロガー」

巻末のこの3つのフレーズが、眼に焼きつき、脳裏から離れませんでした。

からの、「驚嘆」、「羨望」、「憤怒」の3つの感情が生じました。

まず、「同年代の若輩が、既に書籍を出版して、社会に意見を物申している。」驚愕!

次に、「ブログで自分の興味を持った事、好きなことを堂々と情報発信してそれでお金を得ている」羨望!!

最後に、「1日の2/3を辛い仕事で消耗している自分と好きなブログで何十時間と没頭して生計を立ててる。」境遇の差に理性を保てないほどの憧れと嫉妬を抱きました。

根拠なき自信による決意!!

入り混じった衝動から覚めた後に、こう呟いてました。「なら俺もやってやる。できるかどうかわからないけどブログを使って自由に生きてやる!」

そして、ぼくは旧ブログである「はてなブログ」を即を立ち上げたのでした。

現在の仕事環境は落ち着いているので、のんびりブログが書く事ができている。

この決断は、功を奏して2013年には再び部署が変わり、働きやすい環境になりました。

ブログに没頭できたし、ブログ関連のセミナーにもいけたし、ブロガー仲間とも繋がれるようになりました。

そして、現在に至るまでブログは続いています。

ブログの情熱だけは消えてない!

少し長くなりましたが、ぼくがブログを毎日書き続ける理由を述べてきました。

未だに、PVも影響力もそんなにないブロガーの端くれですが、毎日更新してきた事によって着々と力を伸ばし続けてきました。

さらに、ブログは「どんなに無名でも、どんなに小さな存在でも、情報を発信することで反応がくる。もっとうまくいけば影響力を持つことができ、しっかりブログ発信者の個性が受け入れられるようになる。」そう確信したのです。

常にビクビクしていた会社員が、日々ブログに自分の言いたいことや好きなことを発信してきた結果、人生が好転したのです。

敢えて言いたい!普段の生活で言いたいことが言えずに、鬱屈している人達に、ブログを薦めたい!本気と書いてマジで!!

ぼくが、ブログにこだわって、執着する理由がココにあります。

現在進行形で模範になり、そして他の人達にも!!

ブログを使うことでどんなに無名でもどんなに小さな存在でも言いたいことを言えるツール(武器)を皆が持ちだして発信し、ブログで自分が好転した様に他者も味わって欲しい、そのお手伝い(支援)をしたい。今はそんな気持ちなのです。

☞まとめ

メールアドレスがあればだれでも開設する事ができる無料ブログ。

日々ブログを書き続ける事、そして相談に乗ることで、楽しさや面白さ、可能性についてを示していきたい。

ABOUT ME
コーヘイ
福祉系の施設勤務のかたわらで当ブログ「KOHEYBLOG(コーヘイブログ)」を運営しています。筋トレ、サウナ、読書、アニメ、メモ書き、自己探求が大好きな35歳です。【詳しいプロフィールはコチラ!】